
慈尊院山門
高野山町石道とは、約一千年前、弘法大師
(空海)が高野山を開いた時、木の卒塔婆を
たてて道しるべをつくった道であります。それは、
九度山町の慈尊院から高野山の大門、壇上伽
藍までの180町(約20km)にも及ぶ道程に、1
町(約109m)ごとに180本建てられました。
鎌倉時代になって木の卒塔婆は石造りに代え
られました。そして、今も九度山の山麓にある慈
尊院から高野山上にいたる山道にこれらは残っ
ています。
平成16年7月7日、ユネスコの世界遺産委員会において、「紀伊山地の霊場と参詣道」と
いう名称で、高野山町石道も文化的景観(自然と人間の営みによって形成された景観)とし
て、世界遺産に登録されました。
また、この高野山町石道が高野山参詣の表参道であり、天皇や法皇の御参詣も多かった
ため、御幸道とも呼ばれています。
現在見られる石造五輪塔形の町石は鎌倉時代に建てられたもので、それぞれ町数を表す
数字や施主名、願文が銘記されているものもあります。なかには冥土に旅立った人たちに対
する感謝報恩の念であったり、不思議な位置に建つ町石もあります。
石の下をくぐれば長生きすると伝えられる鞍掛石や、押上石、鏡石など、千年の歴史をもつ
古道を語り部とともに歩いてみませんか。