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大門は高野山一山の総門で、高さ25.8メートル、法橋運長作の金剛力士像を左右に安置した重層の楼門。 現在のものは、宝永2年(1705)に再建され、昭和56年から解体修理が行われ、昭和61年10月落慶。深みどりの杉・檜の木立に、朱色の楼門が威風堂々とそびえ立つ姿は、山中随一の壮観といえます。
また門前からの展望が素晴しく、晴天の日は遠く加太の海、淡路島が眺望できます。 |
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| 全国の大師信者を対象にした伝道布教のための大きなお堂で、全国5,700ケ所におよぶ大師教会の本部でもあります。昭和57年(1982年)には隣りに教化研修場も新設されています。
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金剛峯寺は、高野山真言宗の総本山で山上のほぼ中央にあります。弘法大師が高野山を開創した当時、高野山全域を金剛峯寺と呼びました。現在の金剛峯寺は、高野山第二世座主真然大徳(伝灯国師)の廟所で、文禄2年(1593)豊臣秀吉が亡母の菩提を供養するため木食応其上人に命じて建立された青厳寺・興山寺を明治2年に合併し、全国約3600ヶ寺の末寺を代表する総本山となりました。
主殿は、東西30間、南北35間の大建築で、大広間には狩野探幽の襖絵『松に群鶴』が、また豊臣秀次が自刃したという柳の間には狩野探斉の襖絵『雪柳白鷺』が描かれています。
主殿のほかに、皇族方の応接室になっている金色の書院上壇の間、奥書院、稚児の間とつづき、さらに廊下で奥殿別殿、新書院、経蔵、鐘楼と在り、背後の木立を借景に真然堂と護摩堂等が鎮まっています。別殿からは砂の波紋が美しい蟠龍庭の眺めも楽しめます。 |
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| 三代将軍家光が20年の歳月を費やし、寛永20年(1643)に建立されたもので、徳川家康公と二代将軍秀忠公を祀っています。江戸時代の代表的な霊廟建築で、重要文化財。日光東照宮とは比較しがたい規模ながら、廟飾は黄金色にさんぜんと輝き、すみずみまで細緻な技法がつくされています。 |
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