奥の院は、一の橋から弘法大師の御廟までの約2キロの浄域で、僧侶は必ずここで身心をととのえ礼拝します。この一の橋から奥の院までの参道の両側には何百年も経た老杉がそびえ、森厳さをたたえています。その老杉のもとには、20万基を越えるあらゆる時代の墓碑が静かにねむっています。
御廟の橋を渡ると、正面に灯籠堂が見え、その奥に大師の御廟があります。
 
長和5年(1016)孝女お照が髪を売って両親の菩提のために献した「貧女の一燈」、寛治2年(1033)白河天皇が献燈された「白河燈」、この二燈は一千年来燃えつづけています。また昭和23年、昭和天皇から献上された「昭和燈」を合わせた三燈は常明燈とよばれ、全国の信者が献じた万燈はお堂を埋めて燃えつづけています。
 
御廟は大師信仰の中心聖地です。転軸、楊柳、摩尼の三山に囲まれた台地にあり、その山裾を清流玉川が流れています。大師御入定前、この地を入定留身の地として自ら定められ、御入定後弟子たちは、この地の定窟に、生身と全く変わらない定身を収め、その上に三間四面の廟宇を建て、日々のお給仕をたやさなかったと記録されています。そびえる老杉の間から至心に祈る人々に今もなにか語りかけているようです。
 
玉川清流に架けられた橋で、この橋を渡ると弘法大師の霊域に入ります。橋板は、36枚で金剛界三十七尊を表し、橋板の裏には、それぞれ仏名が記されているので、僧侶は一の橋とこの御廟橋を渡るときは必ず礼拝をしています。
 
玉川の流水にかかる御廟橋のたもとに、いくつも並んでおり、仏の供養をすませたあと経木を水向地蔵に手向けて水をそそぎ冥福を祈る美しい姿がみられます。