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| 南北朝時代の動乱に、建武中興を実現した後醍醐天皇が、朝敵退散の護摩をたくお堂として建立しました。本尊の愛染明王は後醍醐天皇の等身大といわれています。現在のお堂は嘉永元年(1848)の再建。 |
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| 安元元年(1175)、鳥羽法皇の皇女であった五辻斎院頌子内親王の御発願により、父帝御追福のために建てられたもの(蓮華乗院)で、15メートル四方もある大きなお堂です。治承3年(1176)、蓮華谷にあったのを、西行法師により壇上に移建されました。壇上で一山の大衆が集まって、法要を営むような場合ここに会合して法衣に着替え、威儀を整える場所となりました。 |
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| 伽藍のなかで、いちばん小さなお堂で、延長六年頃(928)から建っていたものを、仁安年間(1166〜1169)に金剛峯寺第六代目座主済高上人がここに移し、修行三昧されたことから三昧堂と呼ばれています。後に西行法師が修行したため、西行堂の名もあり、堂の前の老桜は「西行手植の桜」といわれています。 |
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| 壇上伽藍の東の端に建っていましたが、天保14年(1843)の大火災により礎石を残すのみとなっていました。昭和五九年(1984)弘法大師御入定1150御遠忌の記念事業の一つとして再建され、約140年ぶりに優美な姿をあらわしています。 |
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