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弘仁7年(816)、弘法大師は朝廷に高野山開創を願い出て、勅許を賜わりました。まず伽藍の安穏を祈って、地主神である丹生都比売明神を第一社に、高野明神を第二社に祀り、総社に12王子120伴神を合祀する神域です。 現在の御社は、壇上でも比較的古い文禄3年(1594)の建立で、重要文化財に指定されています。 |
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| 明神社の拝殿として藤原時代に建てられた横長の建物で、現在では「法楽論議」等が行われます。現在のものは、明神社と同じく、文禄3年(1594)頃の建立で、重要文化財に指定され、鴨居には、36歌仙の額がかかっています。 |
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| 鳥羽院の妃であった美福門院が、鳥羽院の御菩提のため浄書された紺紙金字一切経を納めるため建立したものです。このとき荒川の荘園を賜ったことから荒川経蔵ともよばれています。現在の建物は、昭和8年(1933)に再建されました。基壇の上の枠が回転する様になっており、これを一回転すれば一切経を一回唱えたことと同じご利益があるといわれています。 |
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| 伽藍の西北隅に、巨杉に囲まれるように建っているこの塔は、真然大徳が仁和3年(887)に建立しましたが、何回も焼け現在の建物は5度目の天保5年(1834)の再建。本尊の金剛界大日如来像は開創当時の立派な作で、重要文化財。 |
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