空海が中国の都、長安に留学し、帰国後、高野山の地に真言宗を開きましたが、その第一段階は根本道場としての伽藍の建設でした。まず金堂と高野明神の御社を築造。引き続き大塔、その他の諸堂を建築されました。
現在では、大塔の鎮まる壇として、壇上伽藍の総称で呼ばれています。
現在の根本大塔は、昭和12年(1937)の再建で、真言密教の源泉という意味で根本大塔と呼ばれ、高さ49メートルの鉄筋コンクリート造り。内陣は華麗で、16本の柱には堂本印象画伯の十六大菩薩と、四隅の壁面には真言八祖像と花鳥が描かれています。
 
空海は、唐での留学を終え日本に帰る際、将来における伽藍建立の浄地を示し給えと心に念じて仏具”三鈷杵“を投げあげたといわれています。その三鈷杵がかかっていたという伝説の松。
 
伽藍の中央にある高野山一山の総本堂で、弘仁10年(819)弘法大師によって創建され、高野山の主な法会はここでとりおこなわれます。
現在の堂宇は、昭和7年に再建された鉄筋コンクリート造り。本尊の薬師如来は高村光雲の作で、内部壁面は木村武山画伯の筆。
 
弘法大師の持仏堂、念誦堂とされる建物で、本尊に真如親王筆の大師の御影をお祀りしています。
現在の建物は弘化4年(1847)の再建で、ゆるやかな屋根の勾配と深い軒をもつ山内随一の優雅なお堂です。